生きる意味とは?何故人が生きるのかについて考えてみた

 

生きる意味って何だと思いますか?

 

本記事では、哲学者ニーチェの思想を参考に「生きる意味」について考えていきます。

 

一個人の戯言のような内容ですので、4コマ感覚で楽しんでいただけると幸いです。

 

人生に意味は無い

 

彼の哲学者ニーチェは「人生に意味は無い」と言ったそうですが、それには永劫回帰の思想が元になっているそうです。

  • 永劫回帰とは、人生はカセットテープのように同じ時・同じ場所・同じ状況において同じ出来事が繰り返し行われ、確立される。
  • 前世の影響を受けることは無く、自分に前世があったのかすら認識することはできない。
  • 人は無数の転生を繰り返し、前世のカルマから影響を受ける輪廻転生とは対比的な考え方。

今の自分のしている行動ひとつひとつが既にカセットテープに記録された確立された行為であるならば、今の自分の人生に意味など無いように感じますね。

 

しかしニーチェの永劫回帰は生への強い肯定の思想なんだそうです。

 

決まった行動を永遠に繰り返す。故に今の自分の行動に否とは言わず、肯定し続けなければならない。

 

 

どんな選択肢を選ぼうとも、それは既に決まった出来事であり全ては正しいことである。

という認識でいいんでしょうか?

 

 

全てが肯定されるのであれば、そもそも選択する必要がない。

今ここで生きることを辞めてしまっても、また1から人生が再スタートされるだけ。

 

そう考えると、ニーチェが残した「人生に意味は無い」という言葉にも納得がいきます。

 

潜在的な死への恐怖に対する矛盾

 

では、やはり人が生きることに意味なんて存在しないんでしょうか?

 

しかしそうであるならば、潜在的に死への恐怖が存在するのは僕は矛盾するように感じます。

 

未知への恐怖なのかもしれませんが、永遠と生まれてから死ぬまで決まった道をループし続けているなら、死に対する恐怖が存在するのはおかしい気がします。

 

それとも今現在の考え方・思想さえも一連の流れの中の一部なんでしょうか?

 

生きる意味への回答として、「人は生きるために生きてる」「幸福になる為に生きている」などという答えもよく目にしますが、それは過程であって目的・意味には該当しないように思います。

 

人間という生物の種の繁栄の為、というのであればある意味納得できるような気もしますが。

 

しかしそれは種全体の目的であり、僕という人間個人の目的・意味ではないように思います。

 

生きる意味とは何か

 

「生きる」という事の意味は、僕の中で答えは見つかっていません。

 

ニーチェの言葉通り本当に人生に意味などないのかもしれません。

 

しかし潜在的な死への恐怖がある限り、死ぬまでは生きなければなりません。

ある意味「死なないために生きる」という非常に消極的な意味があるのかもしれませんね。

 

(僕は答えがでないのが哲学だと考えていますが、)哲学とは物事の捉え方を言葉や文章でわかりやすく説明できるように追及していくこと、または経験からつくりあげた人生観、だそうです。

 

「生きる意味とは」という問いは正に哲学の代名詞のようなものですよね。

 

「生きる意味」が、個人の経験や考え追求してたどり着いた先で得られる答えなのだとしたら、

それは各自違ったものであり、生きている内はたどり着けないものなのかもしれないですね。

 

この考え方でいくと「人生に意味は無い」という言葉も、また違った意味のようにも聞こえてきます。

生きている内は生きる意味にはたどり着けない。

故に人生には意味が無い。

「生きる意味」とは、意味のない人生を生き抜いた末に後付けされるものなのではないでしょうか。

 

あなたの考えを是非お待ちしております。

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